Automatic Emotion 2
俺は、貴様を守るために生まれたと思っているよ
古風だなぁ、十兵衛は・・・・
日溜りの中、伸ばされた手のひら。
まっすぐな瞳が、胸が痛いくらい嬉しくて。
宝物のような、記憶。
いつ見ても灰色な空の下、金色の髪の少年を見つけた花月は、にこりと笑って声をかけた。
「銀次さん」
遅く加わった風雅の者ならば、思わず耳を疑うような甘い声。
しかし、それが当然と思っている少年は、声よりもその姿を見て、驚いた。
「どうしたの、カヅっちゃん」
むき出しの腕や頬に、いくつもの傷を負った綺麗な人に、銀次は仔犬のように駆け寄った。
これもおそらく、驚くべき光景なのだろう。
『雷帝』の名しか知らない者になら。
「お騒がせしてすみません。襲撃とかじゃないんです。ちょっと技の実験をしていたら、うっかり。」
側にいた更に年少の少年が、わずかに眉を上げたが、花月はそれを完全に無視することで意思を伝えた。
それに応えて、マクベスは何事もなかったように、手元のディスプレイに視線を戻す。
「とりあえず、イーストエリアに異常はありませんでした。それから・・・」
肩から落ちた髪をかき上げ、リン、と、鈴が鳴り。
「すみません。また二人、減ってしまって・・・・」
ロウアータウン最強といわれたチーム、『風雅』は、ほんの少し前に解散した。
『
今もまだ、それは続いているらしい。
「ゴメンね、カヅっちゃん・・・」
「僕が決めたことですから」
ね、十兵衛。
傍らで黙ったままの腹心に声をかけると、花月は彼が口を開く前に、その腕を掴んで引っ張った。
「じゃ、失礼します、銀次さん。・・・・十兵衛、手当てしてくれる？」
「・・・・・・ああ」
去っていく二人を見送って、銀次は小さく、「いいなぁ」と呟いた。
「それ、聞こえるように言えば、花月クンすぐにとんできますよ」
マクベスは、ケーブルをひとつ、引き抜いた。
「・・・そうだね」
「そうですよ」
空いたジャックに、別のケーブルを差し込んで。
「さて、銀次さん。出来立てのゲームで遊びませんか？」
「え、いいの！？」
覗き込む少年の、まっすぐな瞳。
そうだね、この人のためなら、そのくらいどうってことないか。
新しい仲間の、傷の深さを思いつつ、マクベスはディスプレイにゲーム画面を表示して見せた。
喜ぶ銀次の声が、心地よかった。
「銀次さんには言わないでくれよ、十兵衛。嘘はつけなくても、黙ってることならできるだろう？」
止血、消毒、包帯。
慣れた手つきで次々に傷をふさぐ十兵衛に顔を寄せて、花月は念を押す。
「・・・・お前が、そう望むなら」
「うん、ごめん。じゃ、今度は十兵衛の番」
十兵衛の上着を剥がそうとする花月を片手で制し、主治医は患者に言い渡す。
「俺はいいから、少し休んでおけ」
「針は真似できないけど、消毒はしなきゃだめだよ・・・・」
袖をつかんだ花月は、頑として譲らない。
「僕を守った傷だろう？僕に手当てさせて」
ほらほら、と、わざと傷に擦れるように揺すられて、十兵衛は諦めて上着を脱ぐ。
花月に手当てされるのは好きではない。
その傷全てが、自分のせいであるかのように思ってしまう花月だから。
これは、自分の意思だと、何度言っても理解しない花月だから。
理解しないくせに、その重みだけは、知っている花月だから。
「はい、終わり。・・・でも、フェイとアキラまでいなくなっちゃうなんてね」
十兵衛の肩、巻いたばかりの包帯に指を置いて、自分のもとを去った仲間に思いを馳せる。
「まったくだ。何故許した」
「だって、無理についてこなくていいって言ったのは僕だよ」
ロウアータウンの平和を、雷帝の人柄と力に託すことを選んだのは、間違いではないと信じるけれど。それを他人に押し付ける気はないから。
「違う。お前に、こんな傷を負わせたことを言っている」
大きな絆創膏を貼られた頬に手を当てて、まっすぐに自分を覗き込む瞳。
あの、日溜りの中で出会った少年のままの、真摯な瞳。
幼い頃から、いつも、花月を見ている。
「仕方ないよ、僕がしたことは、確かに裏切りだったんだろうから・・・」
じっと、見つめるこげ茶色。
「・・・・・」
「どうした、花月」
自分を見上げたまま、黙ってしまった花月に、十兵衛は困惑する。
「ううん・・・」
ふわり、と。
花月が笑った。
いつか、日溜りで見た笑顔。
薄茶の瞳が、十兵衛を見ている。
「なんだか、久しぶりに十兵衛に会ったような気がするよ」
ずっと一緒なのに、ヘンだね。
笑った花月が、くるりと身を返して十兵衛に背中をあずけた。
リン、と鈴が鳴り、あたたかな体が十兵衛の腕に収まる。
随分と伸びた手足と髪、しなやかな骨格、十兵衛の前髪に、いたずらをする指。
無理な姿勢で見上げ、笑う花月の瞳。
「・・・・ああ、俺も、久方ぶりに貴様に会った気がする」
尖ったラインを描く顎を手のひらで包み、指先で頬と喉とを愛撫する。
昔はもっと丸みを帯びていたそこに、触れたいという欲望を、最初に持ったのはいつだったか。
「ぁ・・・・」
小さく声の洩れた唇に、触れようか、触れまいか。
逡巡したのはわずかの間。しかし、そのあいだに花月は十兵衛の腕の中から飛び出してしまっていた。
「じゅ・・・十兵衛、お腹空かないか？」
花月の唐突な言葉に、どちらかというと今、別の欲のほうが勝っていた十兵衛は、反応が遅れた。
「朔羅さんに、何かもらってくる」
「いや、俺が行こう」
部屋を飛び出そうとした花月をなんとかつかまえ、とりあえずベッドに座らせたが、今度は袖口を掴まれて動けない。
「花月？」
「ああ・・・ううん、ごめん、やっぱり、いい・・・・・」
様子が変だ。
十兵衛は、頭を男から主治医に切り替えた。
体温が、平常よりも高い。
心拍数も上がっていて、呼吸が浅い。
熱が出るほどの傷ではなかったように思うが、VOLTSへの参入で、心身ともに疲れ切っているはずだ。いつもより弱っていても不思議はない。
「具合が悪くなったのか？診せてみろ」
「ひゃう！」
熱と脈拍を共に計ろうと、花月の頚動脈のあたりに指を添えると、素っ頓狂な声が上がった。
同時に感じたのは、発熱とは違う、気の乱れ。
どうやら自分は勘違いをしていたようだ、と結論を出し、しかも今度は花月の期待に応えるという大義名分を得て、十兵衛はその細い頚を撫で上げて、顎に指を掛けて上向かせた。
濡れたような、大きな瞳、紅く色づいた唇。
美しく成長した、可愛い花月。
しかし寄せた唇は、またもや・・・しかも今度は鈍い十兵衛にも、はっきりとわかるほど意図的に、花月によってかわされたのだった。
「・・・・・」
両手で顔を押さえられ、さすがの十兵衛も困惑する。
自分は何か、花月の機嫌を損ねるようなことをしたか？
わからない、ので、聞いてみた。
しかし、花月の答えはひどく曖昧なものだった。
「あ・・・は・・・は、いや、ごめん、なんか、恥ずかしくて・・・・」
思わず押さえ込んだ幼馴染の顔から手を離し、しかしまともに見られずに、視線を落とす。
すると、自分を抱きこんだ大きな手が視界に入って、更にいたたまれなくなった。
自分を守るために生まれたのだと、そう言い切った少年の、あたたかなてのひら。
あれは、こんなに傷だらけではなかったけれど。
「・・・・・？、おかしな奴だな、今更何を・・・・」
「うゎ、い、今更とか言わないでよ！」
昔、自分が言った言葉。とうに忘れていたはずのそれが、きわめて正確に花月の脳裏に蘇る。
『十兵衛も、さ、僕と、そういうこと、したいんだ・・・・・』
あああああああああああそうだよ、あの十兵衛が、ただ欲望だけで僕にこんなことしたいなんて思うわけがないじゃないか！
数年前の自分の愚かさを恥じる思いが、今実際に味わっている恥ずかしさを倍化させて泣きたくなる。
「今更だろう」
さわり、と。
顎から胸へと手のひらが滑り降り、かたちを確かめるように腰をなぞり、腿の外から内へ、そして最後には、少し戻って足の間へ。
「あんっ・・・・」
明らかに意図的な動きに肌を粟立たせていた花月は、ぴったりとした細身のジーンズの上から、感じ始めているものに触れられて、思わず声を上げてしまった。
「花月・・・・」
今度こそ、唇をふさがれて、熱い舌に口腔を犯される。
無骨そうに見えて、かなり器用な手が、ベルトを外して下着ごとジーンズを引き下ろした。
「・・・・・！」
思わず強張った舌を、十兵衛のそれに絡め取られて背筋がふるえた。
素肌に感じるひやりとした空気。
それに慣れるまもなく、ささくれ立った十兵衛の手のひらに、曝された脚を愛撫され、花月を抱きとめていた腕が、こちらは着たままの服の上から、柔らかく抱きしめた。
「あ・・・」
解放された唇から洩れた、艶っぽい声に、自分で動揺してしまう。
いや、さっきから、ずっと動揺しっぱなしだ。
初めてのときだって、こんなに動揺したりはしなかった。
だって本当に今更で、十兵衛とはよほどの変態プレイでもないかぎり、したことないコトなんてないくらい、いろんなことをしてきたけれど。
でもだって、十兵衛の指が。
花月を守ると言ってくれた少年の、あの、手のひらが・・・・
「あっ、あん・・・・」
Ｔシャツの下から忍び込んだ手のひらが、花月の感じやすい胸を愛撫し、互いの唾液で濡れた唇が、耳の後ろを柔らかく吸った。
とても、大切なものを扱う動き。
愛されている。
そう、言葉でなく実感できる。
愛されている。
大好きな十兵衛に。
「・・・・・・／／／／」
花月の体温が、また、上がった。
体中を、優しく愛撫していた指が、最後に口の中にやんわりと忍び込んできた。
それが何を示すのか知っている舌が、勝手に強張る。
しかし、指三本掛かりで口腔内の感じるところを嬲られて、たちまちのうちに蕩けてしまった。
「ん・・・んぁ、はぁ・・・・」
どっと溢れた唾液をすくい取って、てらてらと濡れた指が、花月の視界を舐め上げて消え、慣れた仕草に身構える間もなく、浮かされた腰の奥に触れる。
「や、ぁ・・・・」
他への愛撫だけで、期待にほころびかけていたそこは、難なく十兵衛の指を飲み込み、締め付けた。
「んっ・・・・あぁ・・・・・」
熱い襞をかき分け、感じる場所を擦り、指を増やして、入り口を慣らす。
幼馴染のあの指に、準備される、自分の体。
そう思うだけで、いつもよりももっと感じてしまう。
「じゅ・・・十兵衛・・・・」
この後、を、花月の体は知っている。
いつもたくさんねだっているし、欲しがって見せることに、ためらいを憶えたことなんてなかったのに。
今はそのひとことが言えなくて。
「じゅうべえぇ・・・・」
ちいさな子供のように、きゅうっとしがみつく愛しい人の可愛らしさに触発されて、暴走しそうになる己を、十兵衛はなんとか押さえ込む。
まるで、初めての花月を相手にしているようだ。
いや、初めての時よりも・・・・
ほろほろと涙のこぼれる眦に口付け、その瞳を覗き込む。
そこに、初恋の少女・・・いや、少年の、変わらぬ光を見つけて嬉しくなる。
まるで初めてのように震える花月を抱きしめて、何度も何度も口付ける。
滑らかに伸びた脚を抱いて、そこにも口付けて。
怯えさせないように、いとおしむように。
「花月・・・」
「あっ・・・じゅうべぇ・・・・」
花月の体はいつものように熱くて、そして、いつもよりも可愛らしく十兵衛を包み込んで、啼いた。
たぶん、本当はわかっていたんだ。
あんまり当たり前だから気がつかなかっただけ。
あんまり近すぎて、上ばかり見ていたら見えなくなった。
恋に落ちるなんて、簡単なことなんだ。
出会って、笑って、手をつないで。
なんて、自動的な感情。
「ねえ十兵衛、僕のコト好き？」
「ああ」
「愛してる？」
「もちろんだ」
えへへ・・・
幼く笑う花月を腕の中に収めたまま、離し難い十兵衛は、名残惜しげに黒髪に唇を寄せる。
「・・・珍しいな、お前がそんなことを気にするなど」
「う、ん・・・再確認。大好きだよ、十兵衛・・・・・」
そうして得た幸福の中で、やがて暗い芽が育ちはじめる。
いつか浮かんで消えた、未来のシュミレーション。
『十兵衛は僕のために命を捨てるんだろうな』
その恐怖に耐え切れず、僕が十兵衛の前から姿を消したのは、まだ、少し先のこと。
銀次さんが、無限城を出た、更にその後のことだった。
終